仰々しいタイトルですが、ただのキャラ妄想です。BG2(SoA)の致命的なネタバレがあるため、未プレイの方はご注意を。
絶賛ラサード沼にいるためいつものようにラサ主前提で短編を書き進めていたのですが。
ふと、SoAのラサ主をヨシモはどう見ていたんだろうと思いました。
そこからヨシモ沼に足を滑らせるのは本当に一瞬でした。考えれば考える程「この男美味しすぎない?」と思ったのでこの記事ではヨシモについて取り上げます。
(狂気的な愛を捧げ続けているラレやラサの単体語り記事より先にヨシモの記事書くことになると思わなかった)
ヨシモという男
ヨシモはBGシリーズでもトップクラスにインパクトの強い、カタコト東洋訛りのいわゆる色物キャラです。「ウォリアー」を自称しますが、実際はカタナを背負ったバウンティハンター(シーフの系統)。特徴的な訛りを交えた軽妙な語り口、食えない男です。彼の話はどこまでが嘘でどこまでが本当か分からない、でもパーティを和ませる清涼剤のような憎めなさがあって、「まあヨシモだしな」と思わせてしまう美味しいキャラクターです。
そんな化けの皮がはがれるのが、SoA某章。彼のあの憎めないカタコトの喋りも、嘘ばかりの軽口も、全部演技だったと分かる衝撃的な章です。実際、初見プレイではめちゃめちゃ度肝を抜かれました。彼は主人公をイレニカスに導く裏切者だったのです。彼はギアスという強制を受けているので、主人イレニカスに命じられればそれに逆らえません。逆らうことは即死を意味します。結局主人公たちはかつての仲間ヨシモと戦うことを余儀なくされ、彼は魂の浄化を願いながら主人公の手で死んでいく。変えられない運命を背負わされた、哀れな男なのです。
「生きたい」がために主人公を差し出すしかなく、自らの計画のため初めから徹底して道化を演じる。プレイヤーがそんな二面性を知るのは彼が死んでからという、本当によく出来たシナリオです。悲劇ではあるのですが、本編の一つの山場を与えられているので《制作者から愛されている》のは間違いありません。本当に憎めない男です。
ヨシモから見たパーティ
ここからは私の妄想を多分に含みます。
さて、そんなヨシモから見たパーティの面々はどう見えていたのでしょうか。コンパニオンの選択肢が多いこのゲームで、きっと同じパーティで遊んでいる人はまずいないと思います。なので私のパーティメンバーで考えました。
主人公(女/ラサードロマンス進行中)
ジャヘイラ
ミンスク
ラサード
エアリー
ヨシモ
主人公は言うまでもなく、同情の対象だったでしょう。自分が騙している相手。ギアスを受けた自分が抜かりなくことを進めれば、再びイレニカスの手に落ちることが確定しています。可哀そうな運命から逃れられない籠の鳥。彼が根っから非情な男であれば心痛まなかったでしょうが、最後の最後で「殺さず眠らせる」という手を取った彼の中に葛藤があったのは間違いありません。となると、きっと憐憫を向けていたと思います。
同時に、彼自身の境遇と重なるところもあったのではないかと思っています。ギアスから逃れられないヨシモは、彼自身が「騙したいか/騙したくないか」という意志で判断を下せる自由はとうに失っていて「主人の命に従わなければ死ぬ」という一択を強いられているんですよ。逃れられない悲運。籠の中の鳥でしかない主人公と、主人の手から逃れられない自分。境遇が重なって見えていた可能性はあると思っています。
ミンスクやエアリーは騙しやすいお人好しに見えているような気がします。単純で、《ヨシモ》という分かりやすく憎めない自分の仮面をそのまま疑わず受け入れてくれる者。彼の計画を大きく狂わせる可能性は低く、ある種安心できる相手だったと思います。
ジャヘイラとラサード。彼女らは少し話が違ったと思います。
ハーパーという秘密組織に所属する経験豊富なファイター/ドルイドのジャヘイラ。いつ自分の計画が見抜かれてもおかしくはありませんし、底の知れなさ&予測不能さはあったでしょう。危険視していたと思います。それでも見抜かれなかったのは、ジャヘイラがカリードを喪った悲しみの最中にいたからかもしれません。
そしてラサード。彼は実はバンター会話で正式にヨシモを疑っている数少ない人物(他にはヘアダリス、エドウィン、ヴィコニア、ジャン辺りも気付いていそう)です。どんな相手にも敬意をもって接するラサードが「友人」とすり寄るヨシモに「私はあなたの友人ではない、盗賊」とはっきり言ってのけます。ラサードは変装したアローゴスも見抜いた実績ある慧眼なので、正体を隠し切れなかったのでしょう。ヨシモとしてはジャヘイラ同様肝を冷やす相手だったと思いますが、ラサードは単純なところもあるのでジャヘイラほどやりにくい相手ではなかったかもしれません。言葉の応酬やのらりくらりとかわすしなやかさで言えば、ヨシモの方が実力的に上だったと思います。
このパーティの中でのヨシモは、なんだかんだ「上手くやれる」という安心感の土台はありそうです。計略に長けた者がいないから、ある程度ごまかしが効くような。抜かりなくやれば問題ない。でも、予測不能な面がわずかにあるため、油断はできない。そんな感じだったのかなと。
ちなみに主人公とラサードはロマンス中なので、旅の道中、時折甘酸っぱい空気が流れていたものと思います。この面々だとそれすら微笑ましく見守っていそうですが…ヨシモだけは見え方が少し違ったんじゃないかと思うんですよね。
ヨシモから見えていたであろうもの
上記を踏まえてヨシモの景色を想像すると、結構痛ましいんですよ。
- お人好しの善人揃い
いつイレニカスの命で彼らを連れて行くか分からない自分と違い、「誰か(主にイモエン)を助けるため」「困っている人のため」に動く彼らはヨシモには眩しく映ったことでしょう。しかしそんな善人たちの輝かしい未来すら、自分はいつか奪うことになる。一番救われたい《自分》は、誰も救えない。それを知りながら、救われていく誰かを見続けるのは複雑だったでしょうね。イルメイターに祈るようになった彼の苦悩は計り知れない。 - 闇の中で手を取る清らかな恋人たち
キャンドルキープの温室育ちの主人公と、復讐に呑まれながらも主人公に希望を見出しているラサードの清らかな恋。打算と裏切り塗れの自分の手では触れられもしない、触れれば汚してしまいそうな純粋すぎる二人。ヨシモがただのひねくれ者のニヒリストだったら、面白くなかったかもしれません。自分がついぞ手に入れられない光を見るのは。
でも個人的には、同時に憧憬も抱いていたのではないかと思っていて。薄汚い自分には不釣り合いだが、死の運命も知らずに手を取り合う清い恋人たちの美しさは、成就して欲しいものだったかもしれません。最後まで逃げ場を探し続けているヨシモにとって、僅かでも世界に「救い」がある方が良かったでしょうから。自分は運命から逃れられない、でも万に一つの救いがあったら?そんな迷いも抱いていたから、彼は仲間たちに即死の毒ではなく「眠り薬」を使い、「最後にイルメイターの元へ連れて行ってもらうこと」を望んだのかもしれません。 - どんなにあがいても変わらない運命
その身に刻まれたギアスを取り除けない以上、ヨシモの見る世界に《自由》はありませんでした。何をどう頑張ったとしても主人の手綱に繋がれているのは同じ。今日一日生き延びるか、さもなくば死ぬか。そんな中にいては、遠い未来に夢や希望を思い描くこともなかったでしょう。清算の時を恐れながら、目の前の享楽に興じる。酒や女や金で彼の孤独と恐怖、罪悪感は癒せないでしょうが、もしかすると、そういったものに溺れていく生き方になっていたかもしれません。
彼のバンターは下世話に見える冗談などを含むこともあるのですが、それが彼自身の嗜好によるものなのか、親しみやすいキャラクターとしてのロールプレイだったのかも我々には分かりません。個人的には、両方だったのではないかと思っていますが。 - それでも救いを求めてしまう己の弱さ
どうにもならないギアスからギリギリまで主人公たちを逃そうとした人間性は無視できません。彼は根っから非情な刺客ではないのです。それとも、温かいお人好したちの中に紛れるうち、絆されてしまったのでしょうかね。どうにもならない現実を理解しながらも、最後まで悪あがきをしようとした。そんな中味わう己の無力は計り知れないでしょう。捨てきれない情や迷いを抱えながら、彼はどうしようもない己を一番自己嫌悪し、嘆いていたかもしれません。
結果、パーティ内でどんな振る舞いをしていそうか
ここからは弊作品で採用している設定を中心に書き殴ります。
- 弊パーティ解釈ヨシモ
有志日本語翻訳版の「~ネ」「~ヨ」の口調も大変好きなのですが、弊パーティ解釈でのヨシモは古めかしく、侍や忍者っぽい方向の変な口調「~ですな」「~ですぞ」「~ですかな」みたいな口調を採用しています。(参考)
英語台詞見ると、ぎこちないカタコトというよりは結構言い回しがこなれていてお洒落だったりするので、個人的にはこっちの方が胡散臭くて慇懃無礼で「なんか食えねえ奴だな…」感が増すかなと思っています。
素の一人称は「私」でモノローグではもっと自由に言葉遊びをし、ニヒルなジョークを挟んでいて欲しい。実際、幻覚でなくヨシモの台詞はメタいものや皮肉も多いので。あの立場じゃ、皮肉の一つや二つ言いながらでないと、やってられませんからね。「はー、やってられないな」という無力感と、どうせ何をしても同じ結果を見るという諦念感じられる口調だったらいいな。 - 主人公やエアリーに「お嬢さん」と親し気に話しかける
もちろん懐柔のためですが、見た目は自分よりずっと若く見える掌で転がしやすそうな女性陣に、ほんの少しの下劣な願望をのぞかせながら、おどけたキャラクターを両立し「お嬢さん」と気安く話し掛けたのではないかなと。ちなみにこの「お嬢さん(lass)」は実際公式で(対コンパニオン相手に)言ってます。「my lady」「mistress」「Young lovely」辺りはスラスラ言ってますヨシモ。 - 主人公には特別な情を抱いている
愛や恋なんて美しいものではなくて、自分と同じ境遇の可哀そうな籠の鳥への強い同情。それと同時に、清らかな彼女の一面にもがいても地獄を抜け出せない無力な自己を重ね見る形での自己憐憫。自分が彼女を壊すという支配欲。でもどこか壊すのが惜しい情。罪悪感。いくつもの矛盾した想いを同時に抱えていて、それは一言で言い表せる単純な情ではなかったと思います。
あと、前項ともかかってきますが、絶対に主人公の名前を呼ばなかったらいいなとも思っています。情が湧いたら殺せなくなるという恐れから、初めから徹底して「お嬢さん」と呼んでいたらいいな。名前を呼ぶ資格なんてないし、呼んだら絆されてしまいそうな弱い自分を自覚しているから。 - ラサードに突っかかる
二面性と影を孕んだまま生きるヨシモからすれば、どこまでもまっすぐで清廉で敬虔な男は見ていて面白くなかったと思います。実際、バンタ―でもわざとちょっと突っかかってますし。彼の真面目な性根は揶揄いやすいですし、自分を疑う彼の目を欺くためにもわざと彼の神経を逆なでするようなことを言って愉しんでいたかもしれません。仄かなライバル心。でも自分のような悪党では絶対に主人公に相応しくないのを理解しているから、彼の方が相応しいと認めてしまうさっぱりした面も持っていたんじゃないかな。ヨシモはどこまでも《ダーティな大人》でリアリストなので、ライバルとして肩を並べられるなんてきっと鼻から思っちゃいない。 - 恋のお節介
破滅が決まっている男なので、自分の計画の妨げにならない程度に、パーティの喧騒は大歓迎だったでしょう。少しの慰めにはなるので。という心理から、主人公とラサードに茶々を入れて揶揄って、時に上手く事が転んだり、はちゃめちゃになるのを見て暗い悦びを覚えていたかもしれません。ヨシモにとっては彼らの恋がどっちに転んだって究極どうでもいいのです。どうなったとしても、いつか自分が壊してしまうものですから。 - 料理当番
薬を盛る役目をおっていたと考えると、彼が料理当番していても別に不思議ではないのかなと。まぁ出来合いの料理にこっそり盛っただけかもしれませんが。個人的な印象としては、なんかちょっと料理上手そうなイメージはある。罠特化の賞金稼ぎ、手先は器用だと思いますし、世渡り上手なのでさりげなくみんなの味の好みを訊いて覚えていそうです。
以上がヨシモという男の旨味と、私の見た幻覚の断片でした。多分増えます。
BG2の膨大なシナリオ・クエスト全て「この男にはどう見えていたんだろう」と考えるだけで無限に味がして怖い。
最近書いたこの男の独白短編はこちら↓
https://www.denchishiki.com/short/pleasant-dreams-little-bird/
一度踏み出したら危うい魅力にメロメロになってしまいそうで怖くてまだ起動していませんが、ヨシモロマンスMODをDLしてしまいました。
ゲーム開始時点の私が聞いたら「そんなニッチなMODが!?」とひっくり返りそうですが、今なら分かる。熱烈なニーズに応えたMODなのだと。
ここまでヨシモを散々ヨシモに意地悪な妄想ばかり書き連ねてしまいましたが、割と本気でヨシモは幸せになって欲しいです。生存ルート欲しかった。安らかに、ヨシモ。
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