Pleasant dreams, little bird.

ヨシ→主
ヨシモの独白短編。暗め。主人公への激重感情有り。ラサ→主匂わせも若干。時系列はSoAの某章直前まで。ヨシモの口調は独自解釈のため、日本語有志翻訳版と異なります。

籠の鳥を見ていた。小さくかわいいその鳥は、我が主人の手でそれは好い声で鳴いた。知りうる限り最も残虐な方法で繰り返し、執拗に弄ばれ、傷付きながら声を枯らす小鳥。ああ、可哀想に。小鳥は初めこそ威勢よく立ち向かおうとした。檻を揺らし、その身に相応しいこけおどしの威嚇をしてみせ、その可憐な声には不釣り合いな罵倒まで吐いたというのに。結果は変わらない。籠の鳥は出られないまま、気を失うまで次々と魔術を浴びせられた。やがて、小鳥は鳴かなくなった。喚く力を失ったか、声を失ったか。いずれにせよ、抵抗を辞めた。それは檻に入れられて何日目のことだったろう。瞳に浮かぶ絶望の色は少しずつ希望という光を塗りつぶしていった。
その絶望に澱んだ暗澹たる瞳を見て、なんと胸のすく思いがしただろう。《檻の中に自由はない》。そんな単純で、明快な結果を目の当たりにする度、我が身の行く末を思ってなんとも愉快な気持ちになった!囚人に自由はなく、籠の鳥に空はない。
望んで首を垂れた。どんな褒美を提示されたかも覚えていない。それは私が犯した過ちの中で最も愚かな選択だった。馬鹿なことをしたと思ったのも、もう遠い昔だ。
我々は同じ運命を背負っていた。心臓をギアスという鎖で繋がれた私と、魂を奪われた哀れな小鳥。共に主人の掌の上で弄ばれるばかりの実験道具、あるいは玩具。逃げ出すことなど出来ない。ならば抗うより受け入れる方が楽だ。自由に空に飛び立てない我々は、この薄暗くカビ臭い檻の中で、静かに己の運命を受け入れていた。
それともまだ自由が恋しいですかな?可哀想な小鳥さん。

******

お転婆な小鳥は檻の外へ出た。あんな目をして、まだ希望を持っていたらしい。私は小鳥の監視を命じられた。ええ、我が主人。全て筋書き通りに。小鳥の気持ちなら手に取るようによく分かる。再び芽生えた希望、自由への渇望。翼があると思い込んで羽ばたこうとしているのだ。なんと可愛らしいことだろう。
手を差し出した。その瞳に光が宿るのを見た。私は小鳥にとって、親しみやすく滑稽な……それでいて心強い友でいよう。まるで雛のように全幅の信頼を寄せ私の手を取る、かわいいお嬢さん。子供をあやすより簡単だった。全く気の毒になる程隙だらけだ。
でっち上げた武勇伝も、いい加減な過去も、楽しんでくれるなら何よりだ。せいぜい意味などない道化の言葉に、呆れるなり疑うなり笑うなりーー好きにしてくれ。観客がどんな反応を示したとて、この物語の幕引きは拍手喝采では終わらない。舞台装置も役者も、悲劇へ向かって台本通り動くだけだ。拷問を生き延び、妹を攫われ、幕を引くのは信じた仲間の裏切り。あーあ、いただけませんな?よく見る安いシナリオは。私が自由に脚本を書けるなら、こんな退屈な芝居にはならなかったでしょう。
さあ、いずれ檻に帰る運命。我々は苦難が多いのだから、今は互いに仮初の自由を楽しみましょう。小鳥さん?人生は思い描くよりずっと儚く短く、苦難に満ちている。友情に恋愛に冒険なんてアヴェルヌスの土産にぴったりですな。
その笑い声を聞いているうちはーー自分が道化であることさえ忘れられそうだった。

******

夜になると哀れな小鳥は度々うなされた。冷たい夜風を遮るよう身体に巻きつけた毛布は、人を悪夢から守っちゃくれない。唸る声で誰かが目を覚ますこともあれば、見張り番しか気付いていないこともあった。今晩は後者だった。火の番をしている私は、脂汗を浮かべ苦悶で喘ぐ小鳥を見ていた。
仲間の前では気丈に振舞っているが、あの拷問の傷はそう簡単に癒えまい。焚き火の温もりさえ、今の彼女には身を焼く魔法の業火の似姿だ。私はつぶさに見ていたから知っている。卓越した魔術師のありとあらゆる魔法を浴びたのだ。忘れようとしたって、こびりついて離れないだろう。
嘲弄か憐憫か分からないまま、戯れに手を伸ばす。指の先が汗ばんだ掌をなぞると、小鳥は助けを求めるように縋って指を握り込んだ。地獄の案内人の手を掴んでいるとも知らずに。全く、哀れなことだ。居た堪れず結局すぐに指を離した。救いを求め伸ばした手は、拠り所を失って空を掴んだ。……これが我々の行く末だ、小鳥さん。せいぜい現実よりマシな悪夢を楽しむことですな?
焚き火に薪を投げ入れる。燃えさしに当たって灰と火の粉が巻き上がる。端の方で、食べ残した骨が燻っている。頬を冷やす心地良い風に舞った火の粉は、未練がましく抱き続けている希望に似ていた。
気の向くままに踊る炎を眺めている間は、自分の役割など忘れて自由でいられる気がした。

******

戦闘中に仕掛ける罠の素材を整理していた。コザクラ製の鋼を用いた細かな部品が袋の中で一緒くたになっている。激しく目まぐるしい戦闘の中で、たまに素材が混ざってしまうことがある。時間があるうちに仕分けておかないと後が面倒だ。一つ一つ形を確かめ、地面に並べていく。気が付けば、ふと頭によぎった懐かしいメロディを口ずさんでいた。《かごめ、かごめ》一体何を意味する曲だったか。どうして急にこんな童歌をーーああ。続く歌詞を思い出し、どうしてこの曲が頭をよぎったのか理解した。《籠の中の鳥は》。
「何を歌っているの?」
「……おっと! 聞いていたのですか。驚きましたぞ。これは……故郷の童歌ですな」
背後から近付く気配に気付いていなかっただなんて、罠師としても賞金稼ぎとしても名折れだと自嘲する。全く疑われていないとて、いくらなんでも気を抜きすぎている。呑気でお気楽な仲間といると、これだから良くない。
「へえ……あなたの故郷って、どんなところなの?」
小鳥は旅の傍らよく囀った。キャンドルキープ育ちの無邪気な好奇心は旅で目にするありとあらゆるものに向いていた。特にその関心は仲間たちに向いていた。誰彼構わず好奇心を覗かせるのは辞めた方がよいですな。……なんて口にするはずもなく、愉快な友の仮面を被る。
「おやおや、友よ。ヨシモのことが気になりますかな? 私は遠い東の大陸カラ・トゥアに位置するコザクラからはるばる参りました。コザクラは海に囲まれた島国。豊かな自然と食文化。酒も美味いですぞ?」
小鳥は罠の仕分けを手伝って、同じ袋の中を弄った。
「故郷に帰りたいと思うことはある?」
「いやいや! 故郷に帰ることはないでしょう。フェイルーンは刺激に満ちておりますからな。でしょう?」
袋の中で小さな手が部品を探り当てようとしている。間違って何度も私の指を掴み、これじゃないと放っている。まるでお手玉みたいにあしらわれている。
「でも、たまに……家が恋しくならない?」
「はは、ヨシモの家は間違いなく《ここ》と呼べますな、親愛なる友よ。どちらかといえば、あなたの方こそ故郷が恋しそうですぞ?」
部品を探り当てていた手がぴたりと止まる。図星でしょうとも。人は数奇な運命を辿り始めると、良かった頃に戻りたいと思うものだ。家も故郷もその象徴だ。
「……養父やイモエン、ウィンスロップと、食卓を囲っていたのが懐かしい。あなたにもそういう人がいたでしょう?」
故郷も家族も、今の私には遠い過去の夢みたいなものだ。浅き夢見じ酔ひもせず。檻に囚われた囚人が見て良い夢ではない。 
「はて、どうでしたかな? フェイルーンで金貨を数えた時間の方が長いですからな」
「ふふ、そうね。ねえ、もし今度カラ・トゥア風の宿を見つけたら泊まってみましょう? あるのかしら……コザクラのお酒も飲めるかも!」
何と無邪気で、お優しいこと。その優しさがあなたの命取りになるでしょう、小鳥さん。賞金稼ぎの故郷を気に留める冒険者など一体どこにいる。あなたの目の前にいるのは地獄の行き先案内人だというのに。
「おや、おや? これはまた随分積極的なお誘だ。ええ、いつでもヨシモがお相手になりましょうぞ」
一歩前に出て恭しく頭を下げる。私が顔を上げた時、あなたがどんな顔をしているか当ててあげましょう。汚れを知らない純情な肌は、きっと故郷の花そっくりに染まる。春の訪れを告げる花の色は、温室育ちの肌によく映えている。
「ちが……違うわ、ヨシモ! そうじゃなくて……みんなで、ね?」
そんなに頬を染めて、一体何を想像したやら。全く、かわいらしいお人だ。
すぐ側で眉間に皺を深く刻むモンクの殺気に気付かないのもあなたらしい。震える拳を握り締めながら静かに我々を見守っている。その目は獲物を狙う猛禽の瞳そのものだ。なんともウブで揶揄い甲斐がある。潔癖で誠実で穢れなき眼が、嫉妬で曇る様を見るのはいい気分だ。せいぜい泡沫の春を楽しんでくれ、砂漠の民よ。時計の砂が全て落ちてしまう前に。
趣味が悪いことは分かっている。しかし、これくらいの楽しみは許されるだろう。地獄への手土産なんかいくつあっても良い。
「これは失礼! 嬉しさのあまり、つい早とちりしてしまいましたな」
このお人好したちの裏をかいて地獄に送り届ける代金には、安すぎるくらいだ。

******

吹きこぼれそうな鍋をかき混ぜる。成人六人分の食事となると、料理の支度も重労働だ。火を弱め忙しなく腕を動かす傍ら、頭の中でまたあの童歌をなぞっていた。《夜明けの晩》はまだ来ない。しかし、そう遠くもないだろう。着々と手筈は整っている。あとは主人からの連絡を待つばかりだ。
あらゆる展開をシミュレーションしていた。だが、主人の目的を考えれば、どうあがいたところで悲劇にしか行き着かない。よくて、小鳥を主人の元に連れ帰るだけ。とはいえ小鳥は二度と青空を拝むことはないだろう。最悪の場合はーーこの刃を直接喉元に突き付けることだって考え得る。だがその時までは分からない。
いつか必ず袂を分つのなら、とっとと殺すよう命じてくれればよかったのだ。もっと早く、情が移ってしまう前なら、懊悩に苦しむこともなかったはずだ。あの童歌が呪いのように離れない。嘲りながらぐるぐると私を取り囲み回る運命の輪。出口はない。彼らの無垢な笑い声が耳の奥でこだまする。私も一緒に回っていたかった。
近付く足音に顔を上げると、自然の化身は腕を組み怪訝そうに唸った。
「ふむ……お前の技術は巧みな話術と逃げ足くらいのものだと思っていたわ、賞金稼ぎ」
「これは、これは! お褒めの言葉と受け取ってよろしいですかな? ジャヘイラ殿」
ハーパーの目を以てしても見破れない企て。それこそが私を捕らえる檻だった。罪悪感が背中を伝って流れていく。気付かれてはいけないのに、同時に見破って欲しいとも思っていた。誰かがこの罪を咎め、裁いてくれれば私は自由になれるだろうか。
答えは否。私に自由はない。生きるためには主人の命に従うしかない。
「存外手際がいいのね。それに香りも悪くない。……おかしなものを入れてないでしょうね?」
鋭い眼光が鍋の底を見透かそうとしている。そのまま私の浅ましさも見つけ出して貰えませんかな、ジャヘイラ殿。
「おや、お気付きでしたか。合法なスパイスなら少々。……出どころには目を瞑って頂きたいですな?」
「ハッ。コリアンダーと香草ね。あの子の好きな味付けじゃない? よく聞き出したわね」
「ヨシモはお喋りにさせるのが得意ですからな」
料理当番は全く以て損な役回りだ。自然に味の好みを覚えることになるのだから。
出来立ての料理の香りは、いつになく食欲をそそる香りを漂わせている。その香りを頼りに小鳥や他の面々も皿を持って寄ってくる。暖かい湯気に包まれしっとりと濡れた口髭を整えながら、彼らの最後の晩餐は私の料理なのだろうかと考えた。
……なんと食欲の湧く議題だろうか。うっかり漏れた小さなため息は、食事に群がる仲間の歓声で掻き消えた。

******

その晩、夢を見た。長い回廊を歩き回った末、主人のギアスを解き、檻の外を歩く夢だった。
彼らと共に自由に世界を飛び回り、鶯の囀りを聞きながら、もう一度故郷を訪れ酒を呑み交わす。お嬢さんが染めた頬と同じ色の花を眺め、温かい風で髭を揺らし、雲一つない夜空に浮かぶ大きな満月を見上げる。仲間たちは、これから先の話をしていた。訪れるべき場所、試練、めいめいの未来が語られていく。自分の番が来た。いつものように身に似合わぬ大望を語ろうとして……そこで目が覚めた。
相応しい罰だ。彼らから未来を奪う罪人に似合いの悪夢。夢で済むなら、何とありがたいことか!……そんな子供騙しの皮肉で己を慰めるには、長すぎる時間を費やしてしまった。彼らと過ごす心温まる時間は、じわじわと私を蝕んでいる。刻一刻と迫る夢の終わりを今は何より恐れていた。
すぐ側には、何も知らず毛布に包まってすやすやと寝息を立てている仲間たちがいる。誰一人、悪夢は見ていないらしい。それはなんとも良かった。寝つきが悪くては計画に差し支える。
このまま何事もなければ、数日中にはーー彼女は主人の元に帰ることになるだろう。
額の汗を拭い、もう一度身体を横たえる。全ては夢だ。所詮……夢だ。しかし夢は生きていなければ見られない。死にたくない。夢は自由だ。夢の中でなら、私はあなたの手を取ることだって出来る。夢の中でなら、小鳥はきっと檻の外を自由に空を羽ばたける。
先ほどの夢の続きを見るために、私は瞼を閉じた。

******

イルメイター。イルメイターよ。私の祈りは届いていますか。一歩、また一歩と地獄へ歩を進める度、この道は出口のない苦難の入り口に過ぎないと思い知らされます。心の底に沈むこの重い罪悪感の錨がある限り、私はあなたを思い、もがき、溺れ続けるのでしょう。我が慈悲深き苦悩の神、拷問台の上の主、私の苦しみと絶望はいつもあなたと共にあります。救いのないこの身にどうかご慈悲を。我が心を、奪い去って下さい。イルメイター。

******

全て段取り通りだ。主人の望み通り、事は万事順調に進んでいる。あと一歩。もうあと一歩でこの三文芝居もおしまいだ。膝が笑いそうになるのを堪え、両足を引き摺るように前へ進む。そろそろ薬が効いて、安らかな眠りに誘われるだろう。それが《ヨシモ》の仕事。お別れですな、小鳥さん。
警戒心が強く、体の違和感に敏感な者から速やかに眠って頂くため薬を調整した。初めに眠くなるのは、ドルイド。ハーフエルフにも効く薬を調達するのは大変でしたぞ?ジャヘイラ殿。次はバーサーカーとモンク。ご両人のお好きな味付けは薬を混ぜやすくて助かりましたな。糸が切れたように崩れ落ちていく面々に、お嬢さんは明らかな困惑をしているようだ。
「ヨシ……モ……?」
《後ろの正面だあれ》……誰でしょうな、薬なんか混ぜたのは。あなたにそんな顔をさせているのは。
仲間と同じように力を失い、弱々しく膝を折る身体を優しく抱き留めて床に寝かせる。
「……最後まで、実にかわいらしい顔で見上げて下さいますな」
この眠り薬があなたに贈る最初で最後のプレゼント。薬が効いている間はべハルの悪夢を見ることもない。おやすみなさい、かわいい小鳥さん。私の見た淡い夢。同じ夢を見られないのが残念だ。
「うそ……そんなの、信じない……ヨシモ」
「……良い夢を」
名残惜しさで進めなくなる前に背を向ける。こうするしかなかった。私が生きるには、初めからこれしか。
長い一本道を歩いてきた。行き着く先はどのみち地獄。期待するほど絶望は深くなる。檻から出たいと願うほど苦しむばかり。それでも願わずにはいられなかった。生きて故郷の空を見ることを。
刀の柄を指でなぞり、迷いを断ち切るように振り下ろす一閃。ずっと背負っていた冷たい鋼は、裏切り者の手によく馴染んだ。

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