メラメラ

不死→←ラレ
よく言えば両片思い…?の話。少し暗めでじめっとしている。

身体の深奥にある暗い穴。どうやっても埋められない底なしの虚空。何も分かたない優しく静謐な暗黒。かつて闇であった生命の本来あるべき姿。そこに火が熾るイメージを抱く。人間性とソウルを薪に燃える炎。闇に生まれ、万物の境界を生み、世界を照らす火。手を伸ばしても決して我が物にはならない炎への憧憬に胸を焦がす。火を思い、火に焦がれる時こそ呪術師の炎は大きく育つ。そうやって己の内にある闇と向き合い、一生を掛けて火を高める。闇の淵を覗き込みながら内なる炎を見出すこと。それが呪術の根源で、呪術師の生き方だ。
不死になる以前から、俺はこの瞑想の時間が好きだった。火を思う穏やかな時。生命に真摯に向き合うことで得られる精神の安らぎ。どこへ行っても異端で受け入れられず、人嫌いの俺にとって、唯一己を慰める術でもあった。瞑想は心の聖域のようなもので、絶対に不可侵な領域だった。——そう、これまでは。
「君は飲み込みが早いな。老ローガンが気にかけるのも頷ける。本当に才能があるよ」
どれだけ集中しようとしても、耳から入る情報を遮断できない。耳障りな呪文と男の声が交互に耳に入り、俺の集中を削いでいく。
「ハハ……世辞なんかじゃないさ。君にその気があるなら魔術師を目指す道も……」
炎とは異なる無機質で冷たいソウル。それが石の壁に当たって弾け、女の悲鳴のように甲高い音で割れる。静寂が訪れたかと思えば再び男の声がする。
……違う。火に集中しろ。瞑想は己の内に育てた火と向き合うんだ…。
「……の魔術は杖の動きが重要で……。そうだ、杖の先は……を描くみたいに……そうそう、もう少し肩の力を抜いて……失礼、少し触れるよ」
内なる炎が暴走するように揺らいだのを感じて、はっと顔を上げる。居ても立ってもいられずに立ち上がる。少し離れた場所では、馴染みの顔ぶれが魔術の授業をしている。
片方は長身の魔術師。もう片方は俺が火を分けた恩人。最下層で助けられた礼として彼女に呪術を教えていたが、彼女の先生は一人だけではなかったようだ。祭祀場の戦士の話では、似たような境遇で魔術師も彼女に助けられ、同じような経緯で魔術を教えているのだとか。たったそれだけのことなのに、俺は制御できない感情で身を焦がし、日課の瞑想すらままならなくなっていた。気付きたくなかった。でも気が付いてしまった。胸の奥で大きな音を立てて揺れる不安定な焔に。
頭では理解している。彼女が俺を助けたのは、全くの偶然だ。樽に入っていたのが俺でなくとも彼女は助けただろう。盗人だなんだと理由をつけて彼女は認めたがらないが、根は善人なのだ。だからきっと、あの場にいたのが誰であっても手を差し伸べた。それこそ、異端の呪術師でも。
しかし俺の方は違う。《彼女だから》呪術の火を授けたいと思った。孤独と汚泥に塗れた異端の俺を救ってくれた者は他にいない。体の一部として大切に育ててきた火を分け与えたのは、あの時、特別な縁を感じたからだ。他の誰でもない。盗人の癖に助けを求める声を聞き逃さないあんただから、俺は…。
「……君の旅に役立つことを願うよ。また無事で会おう」
その挨拶を合図に、祭祀場はいつもの静寂を取り戻した。ひんやりしたソウルの冷気を纏った身体が一歩、また一歩とこちらに近付いてくる音を聞き、いつもの場所に戻る。ちっとも集中できやしなかった瞑想の姿勢で、さも、今もそうしているかのように。
「師匠」
その呼び名はまだ俺のものみたいで心の底から安堵した。あの男のことをなんて呼んでいるのかは分からないが、あんたの《師匠》はまだ俺だけか。もしそれすら誰かに奪われた時…俺はあんたの何になるだろう。
数いる先生のうちの一人か?それとも手を差し伸べた者の一人か?盃を交わすように同じ火で結ばれたあんたを友人だと思っているのは、俺だけなのだろうか。
そんなこと聞けるはずもなく、俺はいつものように彼女を迎える。あんたのよく知る《師匠》の顔で。
「おお、あんたか。無事で何よりだ」
心の奥底で燃え盛る激しい炎も、焦げ付いた感情の正体も、明かせない。深く暗い魂の底でのたうち回る、この湿った黒い情念を飼い慣らせるまで。それまではどうか……師匠のふりをさせてくれ。その手を取って、呪術の火を強化するこの時だけは……あんたの熱を、独り占めしていたいんだ。

******

お人好しの呪術の師は今日も変わらぬ笑顔で私を出迎えてくれる。罪と打算に塗れた手すら慈しむように炎で包み込んで温める。拭えない罪を雪いでくれるみたいに。
あなたに触れている間は、いつも自分が無垢なのではないかと錯覚してしまう。その火で清められて、本当にそうなれたら良かったのに。胸算用なんて縁のない普通の娘だったら…あなたの心を奪えただろうか。
「……少し手が冷たいな」
身体中、魔術で扱った冷たいソウルを纏って現れても、あなたは顔色一つ変えてくれやしない。会話の途中で立ち去っても、商人と親しげに話しても、魔法を教える先生が増えても、麗らかな春の陽気のようにふわりと優しく微笑むだけだ。謀略だけで身を立ててきた私がどれだけ仕掛けてもこの調子で、一向に手応えはない。……私には、これしかないのに。
これまでの人生で、鍵開けのスキルと手癖の悪い利き手で手に入らないものは殆どなかった。手に入らないものなら、力尽くで奪って我が物にできると思っていた。それなのに、決して奪えやしないものを知ってしまった。あなたから火への憧憬とやらを奪うことは出来ていない。
「さて、今日は何を教えようか……」
透き通った青い双眼は穏やかな眼差しで私を見る。呪術について語る夢見心地で熱狂が滲むあの顔ではなく、愛しい我が子でも見るような柔らかい表情で。
「……全部知りたい」
手に入らないなら、せめて知り尽くしたい。あなたの体温も孤独も呪術への心酔ぶりも、一つ残らず全て。人の世の明けない夜が明けてしまう前に。私があなたの弟子でいられる間に。
「はははっ! 随分気が早いな。知ってることは全て教えるつもりだ。だから安心してくれ」
あなたへの想いを燃やすほど色濃く伸びる影がある。その影をひた隠しながら今日も強く手を握る。触れた指先から広がる熱が、あなたのもたらす炎が、私の罪をいつか全て焼いてくれるよう——祈りながら。

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