#2 鐘の音

不死街~不死教区の鐘を鳴らすまで。アンドレイとソラールさんかっこいい回。あれ?これラレ夢じゃないんか…?長すぎるぜ!って方は3話から読むとラレが出てきます

それから幾度目かの死を経て、ガーゴイル一匹倒せない自分にいい加減苛立ちを抱き始めていた。デーモンが倒せたならガーゴイルだって倒せるはず。尻尾と羽の攻撃のバリエーションに気を取られているだけで、奴にだって隙はあるし弱点だってきっとある…頭ではそう分かっていても、いざ対峙すると負けるイメージにばかり囚われて身体が動かなくなってしまう。敵の動きを見る余裕すら今の私には残されていない。このまま死に続けて自分が何者かも分からなくなっていく恐怖と、使命を果たせないという絶望に打ちひしがれていた。
もはや顔馴染みと言っても差し支えないほど顔を合わせた亡者達を振り払い梯子を登る中、ふと足元に光り輝くものを見た気がした。初めは差し込んだ陽の光がたまたま反射して輝いたか、倒した亡者が取り落とした武器かと思った。しかし、よく見るとそれは規則的な形が並んでいる。…文字だ。全く読めず意味も分からない。気になってその見知らぬ言語を指でなぞった。すると、読めるはずはないのに何と書かれているか理解できた。ほんのりと温かい文字は、つい最近どこかで見た太陽の光を思わせた。

「ソラール…?」

名前を口にした途端、あの太陽の戦士が差し伸べた手の熱と、快活な笑い声、木漏れ日の様に優しく眼差しが脳裏に蘇った。

「久しぶりだな、貴公」

身体いっぱいに光を浴びるおかしなポーズで、太陽の戦士ソラールは堂々と立っている。私の目の前に。

「…これは、夢…?」

「いや、現実だ。俺も貴公の戦いに参加させてもらうとしよう」

太陽の戦士は身体が薄っすらと透けていて、時折不安定に揺らめいている。これが霊体らしい。光り輝く文字は、以前彼がくれた白いろう石で書かれた“特別製”のサインだったようだ。
心強い協力に目頭が熱くなる。死にゆく私を助けた時も馬鹿な男だと思っていたが、まさか本当に人助けをして回っているなんて…筋金入りの大馬鹿者だ。見合う対価を約束した訳でもないのに、この男は一体何のためにこんなことをして回っているのだろう。なんてタイミングで現れてくれたんだ。込み上げて来た沢山の感情を気取られぬよう前に出る。泣いては敵が見えなくなってしまう。

「…行こう」

すぐ後ろで、直剣と盾ががちゃりと音を立てた。準備は出来た。今度こそ本当に終わらせてやろう。
屋根に足を踏み入れてすぐ、まだ上空に留まるガーゴイル目掛けてナイフを投げた。まとめて投げた三つはそれぞれ角度を変えてその翼へと向かう。二つは羽ばたく動きに払われて地面に落ちたが、残る一つが辛うじて翼を掠めて傷を与えた。…微々たるダメージだろうが、何もしないよりはマシだ。翼に傷を負ったガーゴイルは標的を私に定め、斧槍を掲げて急降下する。ギリギリまで動きを見てから避ける必要がある。振り上げられた腕と尻尾の先から目を離さず、左手の盾を構える。尾の根元が震えている。尻尾の突き出しだ。
合わせてすかさず身を翻し、敵の右側へ回り込む。突き出された尾の先端が太陽の戦士の盾を掠めたが、彼はそれを軽々と受け流した。
その隙に私はガーゴイルの尾の付け根に短刀を滑り込ませる。鍛冶屋に見せてもらった通り、力任せではなく流れるような動きで。二度、三度と繰り返し同じ場所を切り付けると
ガーゴイルは攻撃を逃れようとして上空へ羽ばたいた。そこに太陽の戦士の雷の槍が見事に命中し、バランスを失ったガーゴイルはふらつきながら屋根の中心に着地した。そのまま大きく息を吸い込んで…そのままけたたましい声で叫び出した。断末魔…だろうか。

「気を抜くなよ、貴公!もう一体だ!」

太陽の戦士の声で我に帰ると、上空からもう一体尻尾のないガーゴイルが降りてきた。あの叫び声で仲間を呼んでいたらしい。互いの背中をかばい合うように中央を陣取った二体のガーゴイルは、それぞれの標的を見つけて動き出した。鐘楼側に押しやられた私は、尻尾のある弱ったガーゴイルを相手取る形になった。その向こうでは太陽の戦士が炎の息を吹きかけられ、盾で身を庇っているのが見える。…こちらのガーゴイルの方が弱っている。早めに倒して加勢しなければ。
斧槍を振り下ろす動きに合わせて前に転がり込む。一気に距離を詰められ、ガーゴイルは乱雑に尻尾を振り回す。これを待っていた。もう傷がついた尻尾の付け根に出来るだけ多く短刀の刃を滑り込ませる。私の細腕では重い一撃は与えられない。その代わり、数で勝負だ。同じ場所にダメージを蓄積させて弱らせる。そしてチャンスが訪れた時…一気に切り落とす。

「ギャァオ!!!」

切り落とされた大きな尻尾が、屋根の傾斜に沿って転がり落ちていった。怒りで攻撃的になったガーゴイルは、出鱈目に斧槍を振り回す。柄の部分が一歩遅れを取った左足を捉えて、重い打撃を食らわされる。…このままだと転んだ隙にもう一撃叩き込まれる。咄嗟に腿に挟んだ隠しナイフへ手を伸ばし、脳天目掛けで真っ直ぐ投げた。あのナイフが脳天を貫くのが先か、ガーゴイルの次の攻撃が先か…賭けだった。しかし予想は大きく裏切られ、私のナイフの代わりに雷の槍がガーゴイルの頭を貫いて丸焼きにした。ソラールが入口の方でもう一体を食い止めながら頷いている。私が相手していたガーゴイルは、苦しそうに身を捩ってから元ある石の姿に戻った。

「…ありがと」

雷の槍の威力はよく分かった。残ったガーゴイルも恐らく、私が時間をかけて切り付けるより太陽の戦士に稲妻で焼いてもらった方が手早く済むだろう。太陽の戦士は再び炎の息に飲まれて盾の裏側に身を隠している。奇跡を発動してもらうには、私に注目を向けさせなければ。

「こっちだよ!」

余っているナイフを翼にぶつける。当たりさえすれば、今は刺さらなくてもいい。二、三本適当に命中させると、ガーゴイルは苛立って炎を吐くのを辞め、こちらを振り向き上空に飛び立った。このまま私目掛けて滑空するつもりらしい。敵を挟んで向こう側で、空気を震わせる稲妻の槍が太陽の戦士の手を離れた。バチバチと火花を散らしながら雷の槍が真っ直ぐ飛んできた。今だ。捲られる覚悟で盾を構えた。ガーゴイルの斧槍が鋲に当たり、軌道が逸れる。私は盾ごと吹き飛ばされて大きくのけ反り尻餅をついた。ガーゴイルはその隙を突こうともう一度腕を振りかぶった。そこに、神の怒りと見紛うような雷が直撃する。最大火力の稲妻は石の翼を砕き、そのまま全身を瓦解させる。轟音の後に残ったのは、石で出来た大きな斧槍とガーゴイルだった石の山。

「終わっ…た…?」

この屋根上で動くものは、もう私と太陽の戦士の他にない。身体に流れ込む大きなソウルの波に押し流されそうになる。吹き飛ばされた衝撃で腰が砕けたと思ったのに、その魂の奔流はもう一度私に力を与えた。立ち上がり、太陽の戦士の元へと駆け寄る。彼は来た時と同じように両手を上げて太陽を浴びるように大きく伸びをしている。

「ソラール、ありが…」

私が礼を言い切るより前に、太陽の戦士の霊体は鐘楼を照らす太陽の光に溶け込んで消えた。一瞬のことだった。彼のいた場所には、この戦いを初めから終わりまで見届けた太陽の光だけが、ただ変わらず降り注いでいた。

「…ありがとう」

やっと倒した。私一人の勝利ではない。太陽の戦士の強力の力が大きいことは理解している。それでも、強敵をこの手で倒した喜びは…苦戦した分大きかった。しかし、まだ終わりではない。鐘を鳴らすのが目的だ。
疲れと安堵ですっかり力の入らなくなってしまった足を引きずって梯子を登った。途中、何度か足を踏み外しそうになりながらもようやく鐘楼の頂上へ登り詰めた。念願の鐘との対面だ。

「これで…やっと一つ」

長かった。時の流れが不安定なロードランに来て、一体何日が経過したのだろう?大カラスに運ばれて祭祀場に辿り着いたのが、もうずっと前のことのように思える。青い鎧の戦士はまだあの場所にいるのだろうか。今は亡き騎士は、一緒にこの喜びを噛み締めてくれるだろうか。
錆びて変色した鐘の表面を撫で、深呼吸する。これは使命の始まりに過ぎない。それでも…あの騎士がくれた自由にようやく少し報いることができる。そう思うと、胸のつかえが取れたような清々しい心持ちだった。

仕掛けに手を掛け、一気に引く。体を震わせ轟く鐘の音が鳴った。澄んだ青空の下で、何度も…何度も。待ち焦がれたその音色は、聞いた覚えなどないのにどこか懐かしく、ありもしない故郷や母の子守唄のように安心する…そんな音だった。

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