#2 鐘の音

不死街~不死教区の鐘を鳴らすまで。アンドレイとソラールさんかっこいい回。あれ?これラレ夢じゃないんか…?長すぎるぜ!って方は3話から読むとラレが出てきます

亡者の兵が連なる不死街を抜け長い螺旋階段を登った先に待っていたのは、不死院で見たのと似た黒い巨体…牛頭をしたデーモンだった。

「クソっ、またデーモン…」

悪態が口をついて出てしまうほどには疲れていた。ここまでの道中も決して楽ではなかった。何体もの骸骨の亡者の刃を交わして、ようやくこの螺旋塔を登りきったところだ。やっと鐘楼に近付いたのではないかと期待を込めて踏み出した先に、大槌を構えたデーモンがいるだなんて誰が思うだろう。ロードランに訪れてから言葉交わした人間と対峙したデーモンの数が同じだなんて信じたくもない。景気づけにエスト瓶を一口飲み、短刀を構える。既に愛刀と言っていいほど愛着が湧いた刀は、刃先で鈍い光を跳ね返した。

「グオオオオ!」

低い慟哭と共に、岩のような巨躯がこちら目掛けて勢いよく突進をかます。敵は目測でロングソード五本分程先にいる。幸い、敏捷力はこちらが上回っているものの…このまま壁に押しやられれば圧死する勢いだ。
デーモンの体から目を逸らさぬまま、背中越しに手探りで逃げ道を探る。左右は煉瓦に阻まれている上、たとえ乗り越えようともその先に足場はない。退くなら後ろだ。敵の得物から目を離さず慎重に数歩足を引いたところで、踵は無情な煉瓦造りの壁にぶつかった。これ以上の逃げ場はない。いっそのこと、出口まで戻って仕切り直した方が良いだろうか。
出口を探して後ろ手に回した左手は、元居た道ではなく冷たくざらついた金属に触れた。
これは…梯子?私が来た道とは別の場所に行けるかもしれない。急げば今ならまだ間に合う。身体を翻し錆びた梯子に手をかけた。
どうか叩き落とされないようにと願いながら、梯子を確実に踏みしめていく。かんかんと響く音が急き立てるようだった。慟哭に混じる生温い息のような風を背中に受けながら、振り返らずに梯子を登り切る。登った先には弓を構えた亡者兵が待ち構えていた。
舌打ちして短刀を逆手に持ち変え踏み込む。弓が放たれるよりも、私の刃が敵を貫く方が僅かに早かった。それと同じタイミングで轟音が鳴る。足元が激しく揺れ、身体のバランスを崩しそうになる。…私目掛けて体当たりしたデーモンが壁に激突したようだった。
鈍い音を立て尻餅をついたデーモンは、よろよろと起き上がりながらこちらを見上げている。…止めを刺すなら今しかない。不死院でそうしたのと同じように、覚悟を決めてその頭目掛けて飛び降りる。こうなればもう一か八かだ。まじないのように短刀の柄の終端に左手を添え強く握りしめた。今度も上手くいきますように…。

「ーーーっ!」

デーモンの脳天目掛けて振り下ろした刃は、僅かに狙いを逸れて重たい瞼に突き刺さっていた。どす黒い血飛沫が上がり、顔面からそれを浴びた。短刀を握る両手はそのままに、顔を傾けて片目だけでも見えるように肩で血を拭う。デーモンは私を引き剥がそうと筋肉質な両手を振り回した。

「頼む…から、死んで…」

全体重を込めて、短刀をより深く突き刺していく。これで駄目なら…私は死ぬのだろう。
差し込める限界まで短刀を埋めたが…デーモンは半狂乱になってまだもがいている。駄目元で最後のひと押しにと短刀の柄へ蹴りを入れた。その直後、乱暴に振り乱したデーモンの腕が腹に直撃し体勢を崩した私は地面へと叩き付けられた。

「ぐっ…」

強かに打ち付けた頭が痛み、視界が眩んだ。血が流れている気がする。自分のものかデーモンのものか分からない血溜まりが石畳に広がった。それにつれて視界が段々とぼやけて暗くなる…頬に感じる石の冷たさと同じくらい体全体が急速に冷えていくのを感じた。これが“死“なのだと直感で悟った。とても寒い。あの月明かりもろくに届かぬほど暗く冷たい不死院の牢より寒い。それなのに震える力も残っていない。指先が冷たい。力が入らない。寒い。暗くて怖い。死にたくない…。
程なくして、耳が裂けるかと思うほどの轟音を聞いた。それはデーモンの断末魔だった。

******

「貴公…貴公、大丈夫か?」

聞き慣れない声がした。活力のある力強い男の声は焦燥が滲んでいる。頬に何か温かいものが触れた。遠い昔、まだ故郷が夜に包まれる前に見た木漏れ日のように柔らかい熱。その温かさで自分の体が芯まで冷え切っていることを知った。

「…ぁ……さむ、い…」

「貴公、しっかりしろ!これを飲めるか?まだ間に合うといいんだが…」

冷えた唇に硬いものが押し当てられた。かと思えば、間髪入れずに灼けるような熱が流れ込んでくる。…ああ、この熱は知っている。炎だ。エスト瓶に入れられた液体の炎。喉と胃を焼き溶かすような熱が回り、身体の感覚が戻っていく。こわばった指先をなんとか動かすと、ざらついた石の瓦礫とその破片に触れた。

「…生き、てる…?」

「ああ、よかったよ。その様子だと、まだ亡者ではないらしいな」

熱が身体に行き渡り、瞬く間に身体は自由を取り戻した。そのまま固く閉じていた瞼を押し上げると、背後から太陽に照らされ眩い輝きを放つ銀の兜が目に入る。そのあまりの眩さに、思わずもう一度目を閉じそうになった。

「貴公…起き上がれそうか?」

兜の切れ込みから覗く瞳は気遣うようにこちらを覗き込んでいる。籠手に覆われていない剥き出しの生身の手が差し伸べられた。その手を取ると、男は子供でも相手にするみたいに軽々と私を引き起こした。 鍛えられた硬い手は革越しでも分かるほど温かい。先ほど頬に触れたのもこれか。

「…貴方は、誰…?」

「俺はアストラのソラール。見ての通り、太陽の神の使徒だ」

「ソラール…太陽の神の、使徒…」

何が見ての通りなんだと内心思いつつ、その名を繰り返す。すると男はなぞられた言葉を噛み締めるように、うんうんと大きく頷いた。太陽の神…?神に祈る趣味のない私には聞き覚えのない神だ。童謡の中で聞いた覚えもあるが、子供の手遊びか何かで語られる類のもので、大の大人が縋るような神ではない。故郷でも太陽神の信仰なんて聞いたことはない。…まさかこの男は、そのお伽話の神を信仰しているのだろうか。だとすれば酔狂にも程がある。たとえここが“古い王たちの地“だとしてもだ。
よく見れば、男の前掛けの布には恐らく手描きであろう奇妙な太陽のシンボルが描かれている。妙に険しい顔をした太陽は遠くを見るように目を逸らしていて、その絶妙な表情がこの絵の独特な持ち味を表現している。装備も頭から爪先まで統一感がなくちぐはぐでお世辞にも強そうな鎧とは言えない。特定の騎士団や軍の出ではなさそうだということは辛うじて分かる。しかしそれ以上のことは何も分からない。男の実力も、素性も。訝しむ私をよそに男は続けた。

「近くで地響きのような音がして、駆け付けてみれば貴公が倒れていたというわけだ」

ウワッハッハと快活そうな笑いが後に続く。悪い男ではなさそうだが…今まで出会ったどんな人間よりも思考が読めずやりづらい。この男の行動原理が全く予想できない。経験上、こういう相手は馬鹿か底抜けの善人かのどちらかだ。探り探り会話を進めて確かめる他ない。

「…それでとっさにエストを?…ありがとう。助かったよ」

「貴公も不死の秘宝を持っている…ということは、使命を持つ不死なのだろう?」

男の問いに正直に答えるか一瞬迷う。しかし馬鹿か善人の二択であることはほぼ間違いない。裏をかくような人間ではないと見て、私は正直に答えることにした。

「そう…目覚ましの鐘を鳴らすために来たんだ」

「そうか!ならば、話は早い。こうしてここで出会ったのも何かの縁。貴公さえ良ければ、互いに旅の助けにならないか?」

「う…ん…?私は構わない…けど、貴方はどんな使命でここに来たの?貴方も鐘を鳴らしに?」

「ん?俺か?俺は大王グウィンの生まれたこの地に俺自身の太陽を探しにきた!」

その言葉と共に、太陽の戦士は堂々と誇らしげに胸を逸らした。その身体いっぱいに降り注いだ日光が鎧に反射して一際輝いて…あまりの眩しさに私はもう一度目を背けた。胸のシンボルを見た時から薄々感じていたが…この男は少し変わり者なのかもしれない。助けられた手前、馬鹿と呼ぶのは憚られる。変わり者の善人とでも呼ぶことにしよう。

「…変人だ、と思ったか?まあ、その通りだ」

顔に出ていたみたいだ。慌ててマスクで顔を覆う。ソラールは気にも留めず話し続けた。

「ウワッハッハッハハ!気にするな。皆同じ顔をする。さあ、協力の証にこれを受け取ってくれ」

そう言って手渡されたのは汚れた布が巻かれた白いろう石だった。

「…これは?」

「ここは、時の流れが澱んでいて世界に“ずれ”がある。まったくおかしな場所だ。だが、これがあればその“ずれ”を超えて協力ができる」

この話は初耳だ。祭祀場にいた青い鎧の戦士からも聞いていない。一体どういう理屈なのか気になるところだが、大きなカラスや神やデーモンがいる土地に一々理屈を求めるのはナンセンスなのかもしれないなと疑問を飲み込んだ。

「霊として召喚してくれれば、“ずれ”を渡って貴公の助けになることができる。俺は太陽の戦士。召喚のサインも、光り輝く特別製だ…よーく目立つと思うぜ」

手渡された白いろう石をもう一度よく眺める。使い込まれ摩耗しているところを見るに、何度も彼は世界を渡って来たのだろう。初めこそ馬鹿げて聞こえた彼の言葉も、私を助けたことと照らし合わせればただの妄言でないことが分かる。ある程度は利用…もとい信用しても良いのかもしれない。ろう石を懐に仕舞いながら、兜の中の真剣な瞳を見つめ返した。

「ありがとう、太陽の戦士さん。…その、太陽が…見つかるといいね」

「ああ、それではな。俺はしばらく向こうで太陽を眺めていくよ」

手を挙げて挨拶をしたかと思うと、太陽の戦士は空の象徴を見上げたまま駆け足で追いかけ、あっという間に道の先へと消えていった。

「…あ。鐘楼の場所尋ねればよかった…」

太陽というよりは嵐のように騒がしい男だった。信仰心のない私からすると、交わることもないような遥か遠い存在。存在するかも分からないものを見上げ真っ直ぐ追い掛けるなど…正気の沙汰とは思えない。それなのに、何故か憎む気にもならない。変な男だ。

男の立っていたすぐ側、激しく損傷した瓦礫に囲まれる形で相打ちになったデーモンの亡骸が転がっている。その頭から短刀を引き抜き、刃こぼれがないか見渡す。あんなに派手に叩き込んだと言うのに、見たところ消耗は少ない。この短刀を拾ったのは正解だった。よくやってくれたと愛刀の血を拭うと、革で擦られた刃先が短く軋んで答えた。これからもっと働いてもらうことになるだろう。愛刀の無事も確認できたことだ。あの太陽の戦士を見習うとは言わないまでも、私も先を急がなければ。

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