#1 誓いと墓標

プロローグ~ロードランに着くまで。どうしてもちゃんと不死の生い立ちを書きたくて長くなっちゃいました。長すぎるぜ!って方は3話から読むとラレが出てきます
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騎士が言うには、私は“古い王たちの地”を目指さなければならないらしい。しかしそれがどこなのか、どうすればそこへいけるのか私には皆目見当がつかなかった。聖職者ならいざ知らず、盗人が知るはずがない。記憶の隅まで辿ってもそのような土地の手掛かりには覚えがない。強いて言えば…かつて、街の子供が歌っていた童謡で古の神々の話なら聞いたことがある。この世界に生じた“火“が王を…すなわち神々を生み出した…というような歌だった気がする。人の世から遥か離れた場所に…何とかという土地があると…謳われていた。しかし、そこから先はさっぱり思い出せない。例え思い出せたとて、人々の間で語り継がれてきた神話を手掛かりにするのは愚かしいことこの上ない。いくら忍び込むのが得意な盗賊でも、“お伽話”の地になど向かえやしないのだから。
そんなことを考えながらあてもなく歩いていると、鍵のついた鉄格子に辿り着いた。この模様…騎士にもらった鍵と同じものだ。錠前に挿し入れると、鍵はぴったりと合い軽快な音で解錠された。
鉄格子の先は、どうやら先ほど通った大広間の上に位置するらしい。階下を覗き込むと、煙った土色の巨躯がもぞもぞと動いているのが見える。丸々と太った大きな身体に、不釣り合いな小さい羽…その姿はまさしく…デーモンだった。信じられない。酒場の武勇伝じゃあるまいし、こんな怪物が本当にいるなんて。流石の私も怪物を相手にしたことはない。しかし、この先に進むなら避けては通れない。やり過ごすか、倒すか。馬鹿げた考えに取り憑かれた自分に、内心呆れていた。だが今いる位置から飛び降りれば、ちょうど頭上を狙えそうなのだ。どうせしくじってもそう簡単には死ねないはず。一か八か、狙いを定めて降りるのみ…。

「くっ…」

計算通りデーモンの頭上へと降り立った。そのままの勢いで道中拾った短刀を突き刺すと、デーモンはバランスを崩し大きくよろめいた。つられて私も振り落とされ、地面に叩きつけられる。鈍い痛みが背中に走ったが、このまま寝ているわけにはいかない。すぐに体制を立て直し、出方を伺う。敵は身丈程の大きさの棍棒のような大槌を振り回している。動きに合わせて転がって避けると、今度はその巨躯で勢いよく跳ね…そのまま私目掛けて着地しようとしている。咄嗟に身を翻し、背中に短刀をお見舞いする。少しは効いているのか、デーモンは苛立ちを隠さずそのままの勢いで大槌を振り下ろした。身体の何倍もある大槌が轟音と共に石の破片を巻き上げる。このままじゃ埒があかない…いくらなんでも短刀と巨躯では分が悪い。そう思い当たりを見渡す。何か…何か助けになるものはないだろうか。
その時目に入ったのは、古びてところどころに亀裂が入った柱だった。デーモンの攻撃をここに当てさせれば、柱を倒して奴の頭に命中させられないだろうか…。一番劣化が進んでいそうな柱の下まで走り、敵の注意を引き付ける。

「…さあ、来なよ!」

大声に誘われたデーモンはよたよたと重たい体を引きずり、大槌の一撃を振りかぶった。
ズシン、と鈍い音が響く。見事、大槌は柱に命中した。しかし大槌は…動きを止めることなくもう一度私目掛けて振り下ろされる。このままでは…まずい。柱が崩れるのが先か、逃げ場を失った私が大槌の下敷きになるのが先か…しかし運は私の味方をしたようだった。遅れてガラガラと崩れ始めた柱の断片がデーモンの頭に降り注ぐ。建物が脆くなっていたのが幸いした。それを見て慌てて私も出口の大扉の方へと走る。崩れ落ちた柱とその上階の下で、デーモンは駄々をこねる子供のように激しく暴れた。容赦なくそこへ落ちた大きな塊が土色の皮膚を穿ち、間も無くデーモンはやがて静かになった。
倒せた、みたいだ。考えなしに飛び込んだことを半ば後悔していたが…こんなに上手くいくとは思わなかった。膝に手をつき、息を整える。しばらく動かしていなかった身体にこの重労働は堪える。こんなことが続くなら命が幾つあっても足りないと思った。呼吸が落ち着き始めたタイミングで、またも自分の体に流れ込む何かを感じた。

「…何、これ…?」

今しがたあの巨体を相手にしたばかりだというのに、不思議と力がみなぎってくる。倒したデーモンの命…すなわち魂のようなものが流れ込んでくるような感覚。騎士の時と似ている。どういう理屈かは分からないが、拒むことも出来なさそうだ。それが身体に馴染むまで待って、私は行手を阻む大扉を押し開けた。
大きな軋む音と共に現れた景色は、見慣れた重い灰色の空と…僅かな植物とが生い茂った丘だった。遥か前方には大きな黒い塊が見える。それ以外には崩れた煉瓦や松明を持つ亡者が所在なさげに佇んでいた。目指すべき場所は分からないが、前方に見える黒い何かに不思議と心惹かれた。ひとまずあの丘を目指そう。歩き出した私目掛けて、周囲の亡者達は食らいつくかのように飛び掛かってきた。先ほどまでの亡者と異なり、かなり攻撃性が高いように見える。狂わんばかりに見開かれた瞳は飢えた人間のそれと似ている。私を食おうとしているのだろうか。しかし、この亡者たちが不死だというなら私と同様飢えなど感じるはずはないのに…一体何を欲して襲い掛かってきているのだろう?答えの出ない疑問を抱きながら、丘の頂上へ足を早めた。
丘だと思っていたそこは、いざ近付くと崖であることが分かった。断崖絶壁の底は霧が深くて見えず、落ちれば間違いなく死んでしまう高さだ。この先には進めそうにない。
伸びを一つして、灰色の空を見上げる。夜ほど暗くないのは月の光か、僅かに差し込む太陽の所為なのか。煙る空を吹き抜けていく雲があてもなく流れていく。あの雲はどこへ向かい、私はどこへ行くべきなのか…どちらも分からない。だが少なくとも、この先に道が続いていない以上は引き返すしかない。騎士の言った土地を探し当てなければ。
踵を返して不死院へ戻ろうとした矢先…先程のデーモンにも負けず劣らない大きさのカラスがハヤブサよりも速くこちら目掛けて飛んできた。デーモンの緩慢な動きは避けられてもこれは避けられない。死を覚悟して目を瞑ると、次の瞬間私の体は大きな爪に掴まれて宙に浮いていた。
力強い爪はもがけばもがくほど食い込んで痛い。なんとか…短刀を突き立てられないだろうか。体を揺さぶり隙間を作ろうとするが、びくともしない。短刀を抜くどころか、腕一本すら動かせずに大ガラスの向かう先に運ばれるだけだ。このまま巣に運ばれ…このカラスくらい大きなヒナが待っているのだろうか。冗談じゃない。しかし飛び降りることも出来ず、私はただ芋虫みたいにのたうつことしか出来なかった。
灰色に覆われていた視界は、不死院から遠のくにつれ霧が晴れていくかのように青い空へと早替わりした。ここは…どこだ?私の知るどこの国でもない。信じられないほど青い空に、眩い太陽がこれでもかと降り注ぐ明るい土地。嘘だ。太陽は失われたはずだ。空がこんなに明るいはずはない。それとももしや…ここが“古い王たちの地”なのだろうか。驚き見開かれたままの私の目に、石造りの建物が飛び込んできた。ぽつぽつと人影もある。枯れていない草が生い茂っている。篝火が燃えて、赤い火先を揺らしている。見るもの全てが明るく色鮮やかだ。闇に覆われておらず、輪郭がはっきりしている。全てのものが境界を持っている。次から次へと目を通して入ってくる情報の多さに頭がくらくらした。
すると突然、全身を掴んでいた爪は無責任に私を宙へ放った。地面が近い。叩き付けられて、死ぬ…?咄嗟に受け身を取った次の瞬間、私の眼前にあったのは銀の鎧に身を包んだ男の乾いた笑みだった。

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