#2 鐘の音

不死街~不死教区の鐘を鳴らすまで。アンドレイとソラールさんかっこいい回。あれ?これラレ夢じゃないんか…?長すぎるぜ!って方は3話から読むとラレが出てきます

青いチェインメイルの戦士の話では、不死の使命を果たすにはまず二つの鐘を鳴らさなければならないらしい。そして、そのうち一つがこの祭祀場の上…不死教区の鐘楼にある。見たところ不死教区は祭祀場に隣接しているようで、くすんだ灰の石壁が祭祀場からそのまま聳えている。妙なのは、こんな近くの建物の鐘を未だ鳴らした者がいない点だ。青い鎧の戦士の口振りではロードランには使命を果たしに多くの不死者が訪れているようだ。それなのに何故まだ鐘が鳴らされていないのだろう?疑問に思いながら不死教区の方へ壁伝いに歩き始めたところで、ずんぐりした体型の男と目が合う。警戒しつつ近付く私を見て、男は自ら声を掛けてきた。

「あの、もし?不死教区に行かれるのでしたら、その昇降機は壊れていますよ」

上から下までを覆い尽くす高貴な装飾の数々に“育ちの良い“言葉遣い。都で何度か見掛けたことがある。間違いなく聖職者だ。素性を見抜かれないよう慎重に言葉を選ぶ。性に合わないが、あの青い鎧の戦士のようにそう容易く素性を見抜かれては困る。たとえここが古い王たちの地だろうと、必要に駆られれば私はいつでも“仕事”をするつもりでいるのだから。

「ええと、ありがとう。貴方は…?」

「はじめまして、ですな。ソルロンドのペトルスと申します。私に何か御用ですかな?」

男の口振りは穏やかではあるものの、親しみ易くはなく事務的だった。聖職者というのはどこへ行こうと変わらないらしい。

「ああ、それなら一つ。不死教区へ行くのに他の道は?」

「はて…?私には分かりかねますな。それでは、これ以上の御用がなければ、私はこれにて失礼します」

そう言って男はそそくさと姿勢を正した。私のよく知る”聖職者“なら、金でも払えばお喋りになりそうだが…情報を得るにしても戦士に聞いた方が早そうだ。何より、神に祈る邪魔をするのも悪い。音を立てずにその場を離れると、ずっと後ろの方からやる気のなさそうなため息が聞こえた。
この昇降機が動かないなら別の道を探すしかない。この場所を除いて鐘楼に近付けそうなのは少し離れた場所にある水道橋。少し遠回りにはなるが、ここを通れば確実に鐘楼まで行けるはずだ。土地勘のない見知らぬ土地なら歩いて回るのも悪くはない。仕事柄、どこかに商売になりそうなものがないかも気になる。伝承で謳われた”古い王たちの地“となれば金目のものくらいあるだろう。
少し目を細めて水道橋を見やると、めいめいに武器を構え獲物を待つ骸のような姿の兵士が見える。ある者は矢を、またある者は剣を携えている。共通しているのは正気の人間ではなく、恐らく亡者だろうということ。彼らが何者であるかは察しがついていた。かつて使命に向かった騎士や戦士。言わば私の同胞。…そう思うと水道橋へ向かう足取りはとても重かった。

******

次々と襲いくる亡者を片付け狭い水道橋をやっと抜けた先には、かつての生活を思わせる雑然とした街並みが広がっていた。崩れた瓦礫と埃、湿気った木材とが混じり合った懐かしい匂い。この街に暮らしていたわけではないが、貧しく賤しい民の集う街の匂いはどこも同じだ。狭い土地に所狭しと立ち並んだ住居は背比べでもするように高さを競い合っている。入り組んだ建物の間からは、時折嘆きに似た呻き声が漏れ聞こえた。

「うう、ううう…」

病んだ物乞いの声なのか、それとも亡者のものかもよく分からぬまま、忍び寄る声の主を短刀で手早く始末する。一人倒すとまた一人、次々と痩せ細った手が伸びてくる。ふと、もしこれが助けを求めて伸ばされていたとて、亡者は言葉を話せないのだから判断がつかないなと思った。
伸ばされた手を一つずつ順に切り付け、怯んで身を引いた敵から留めを入れる。その度に上がる血飛沫だけが、彼らがかつて人であった証だった。

亡者の兵の猛攻を潜り抜けやっとのことで辿り着いた安全そうな廃墟は、仄かに煙の匂いがした。…篝火の名残り。誰かが置いていった螺旋の剣が薪に刺さっている。剣に手をかざすと、やはり何の火種もないまま火が灯った。その火は手をかざしても身を焼くことはなく、生命が持つ温もりそのもののように身体を癒す。どういう原理かは全く分からないが…それは自分の内でずっと燻っていた残り火が形を持ったかのようで、何故だか身体に覚えがある温度だった。
ふと、騎士から手渡されたエスト瓶の存在を思い出し懐から取り出す。何が入っているでもない鈍い深緑のガラス瓶はかなり使い込まれており、表面に小傷や擦れた痕が残っている。用途も分からぬまま受け取り、結局空のまま持ち歩いていたが…これがいずれ使命に必要になるのだろうか?わざわざ壊れやすく重いガラスを水筒代わりにする理由が分からない。長旅になるなら荷物は軽い方がいい。売って値がつくなら手放しても良いくらいだが…あの騎士が意味もなく手渡したとも思えない。もっと話を聞いておけばよかったと後悔しながら何気なく緑瓶を振った。
すると、瓶の口に篝火の炎の一端が煙のように吸い込まれ、それは穏やかな渦を描き底の方へ留まった。驚いて瓶を取り落としかける。危うく手を滑らせるところだった…。瓶は振ると液体のようにチャプチャプと軽快な音を立てて揺れ、中の炎は傾ければそれに応じて穏やかに形を変えた。液状化した炎。こんなものは生まれてこのかた見たことがない。

「…まるで液体みたい…」

魔術の一端なのだろうか。それとも、このお伽話のような土地だから成せる技なのか。あの騎士に出会ってからというもの、目を疑うような不思議な出来事ばかりだ。
もしこの炎が本当に液体になったのなら、口に含むこともできるのだろうか?喉は乾いていないが、恐る恐る口をつける。瓶を傾けるのに合わせて流れ込んできた炎は、喉の中を焼いていくような熱さを持っていた。しかし痛みや不快感はなく、どちらかというと心地良い。身体を流れていった炎は、強い酒を飲んだ時のようにじんわりと身体を内側から温めた。味はよく分からない。不死になり食事や水を必要としなくなってからというもの味覚をすっかり忘れてしまっている。それとも、舌の機能すら失われてしまったのか…。いずれにせよ、熱以外の刺激は何も感じられなかった。
強いて言えば…飲んだ後は少し身軽になったような気がする。篝火に触れた時と全く同じ感覚。身体が軽く、内側から力が漲るようだ。原理は全く分からないが、このエストの炎にも篝火同様癒しの力があるのかもしれない。それなら騎士が手渡したのも頷ける。この後の旅を考えて、貰った瓶いっぱいに炎を満たして栓をした。

このまま何もせずずっと火に当たっていると時間を忘れてしまいそうだった。火の温かさに触れている間は、不死になる前の心地を思い出せる。戦いに明け暮れることもない暮らし、スリルある盗みの日々、心の慰めだった金貨や宝の数々…。不死院に送られた時に置き去りにしてきた全てを鮮明に思い出せる。
それらを全て奪われた今、この世界に未練はなかった。もし死んでしまえるのならそうしていたかもしれない。盗人には奪う理由ならあっても、生きる意味など一つもなかったのだから。それをあの騎士が変えてしまった。偶然とはいえ、騎士は何の意味も持たないこの命に意味を与えた。果たすべき使命を。自由を与えてくれた礼はもう伝えられない。私にできる礼は、代わりに使命を果たすこと。それだけが今の私を進ませる導だった。

「…そろそろ行かないと」

たとえこの旅の途中で力尽き、亡者になることがあったとしても…理由を持って死ねるのは僥倖だ。短刀を取り、まばらに爆ぜる火の粉に見送られながら篝火を後にする。溢れる生命力を奪おうと手を伸ばす亡者を振り切って、まだ遠い鐘楼へ向かう足を早めた。

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